2026年サッカーワールドカップ北中米大会においても、試合後に「スタジアム清掃するサポーター」と「選手が綺麗に整理せんとんして帰った後のロッカールーム」の写真がソーシャルメディアで注目を集めている。
日本人が、なぜこのような行動をするのか「日本人の精神性」について説明します。
サポーターは、なぜゴミ拾いをするのか?
選手は、なぜロッカールームを綺麗にするのか?
日本古来の宗教「神道」には教祖がおらず、教典もない。
だが、それがいい。
「何が正しい行動か」「何をするべきか」を自分で考えなければならない。People have to think by oneself.
だからこそ、サポーターはサッカースタジアムでゴミ拾い掃除を行い、選手はロッカールームを片付けて帰る行動をする。
戒律が厳しいイスラム教圏の方のコメント:
「我々にはイスラム教があるのに、正直さという点では日本と雲泥の差だね。
我々は愚かで強欲だと世界からみなされるようになってしまったが、それは日本のようなマナーが欠けているからだ。」
つまり「我々にはイスラム教という戒律が厳しい宗教があるにもかかわらず、こういった行動ができないのはなぜだ。」と言っている。
教典があれば、それに従う。しかし、そこに書かれていないことはしないだろう。
しかし、経典がなければ、自分で何をすべきかを考えて行動しなければならない。
教祖や経典がないのに規律ある行動が取れるのは、実は「教祖や経典がないから」だ。
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(以下の4行は私の考えのメモ。掲載はしないので安心を。)
イスラム教、ハンムラビ法典は、戒律が厳しくないと管理できない人たちだからこそ「厳しく」する必要があった。
独裁国家は、言うことを聞かない人民を管理するには「独裁的」にするしかなかった。だからこそ、現在の独裁国家は昔から独裁国家だった。つまり、民主化しよう独裁政権を打倒して新しい政権に代わっても、その政権が独裁政権になってしまい、独裁国家に戻らざるを得ない。(例:アラブの春の各国、ロシア、中国など)
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日本には、海、川、山、木、石、土地など全てのものに神が宿る「八百万の神」を信仰する自然崇拝の宗教。
→道端にゴミを捨てない。
『スターウォーズ』のジェダイマスター・ヨーダの言葉:
「理力(フォース)こそがすべてを繋ぐエネルギーであり、岩にも木にも、そしてあなたと私の間にも、そこにも、そしてあそこにもあるのだ。」
英語圏の人たちが、「他者に対して、他のモノに対してリスペクトがある」と語るのは、日本人が全てにモノに神が宿るという考えを持っているから、配慮をしてゴミも捨てない。
日本人は「周囲の目」「他人の目」を気にしすぎると言われることもある。
他の国や地域の人たちとは決定的に異なる点だ。
日本人は、いつどこにいても「神様・仏様・ご先祖様に見られている」という考えを持っている。
昔から、普段から正しいこと・良い行いをする時に「(たとえ人間が誰も見ていなくても)お天道様が見てくれている」という考えがある。
日本における太陽神は、日本の最高神である天照大御神。
日本では、人が亡くなった後、「(亡くなった方の魂が)あなたのそばにいて見守ってくれているよ」という表現をする。
『スターウォーズ』エピソード6のエンディングで、ヨーダ、オビ=ワン・ケノービ、アナキン・スカイウォーカーの三人が魂としてルーク・スカイウォーカーを見守っているシーンがそれです。
「常に見られている」ため、悪い行動はできない。正しい行動をする動機付けになっている。
日本では、勝ち負けや結果だけにこだわることなく、
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全てのものに神が宿る。周りの物や人に配慮する。(英語ではリスペクト)
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「道」を重視する。プロセスが大事。「勝つためには、結果が良ければズルをしたり悪いことをしてもいい」とはならない。勝つにしても「勝ち方」が大切。
宗教の影響は大きい
「道」とは外形や形式を敢えて固定することにより、内側の心を整えることに目的を持つ。花道・茶道・柔道・剣道、様々に道がある。若いうちは強さや外的な美しさを競う。しかし次第に真の目的は内を整えることにあり、所作や勝負はあくまで手段。規律や手順を固めることで内々にうごめく心を静かに整えることに本質があると解ってくる。