2022年、サッカーワールドカップで賞賛される振る舞い
規律ある行動規範
ワールドカップサッカー試合後、“負けた試合であっても”ゴミ拾いするサポーター(来た時よりも美しく)。
綺麗に整理整頓して感謝のカードを残して帰る選手たち(立つ鳥跡を濁さず)。
負けた試合で、応援してくれた応援席に深々とお辞儀する監督の姿。
外国では驚きを持って称賛されている。Discipline「規律」という言葉。
Polite「礼儀正しい」は個々人の性格を指すが、「規律」はグループが持つ行動規範という意味合いがある。つまり、日本人には規律をもった行動規範があると評されている。
2026年サッカーワールドカップ北中米大会においても、試合後に「スタジアム清掃するサポーター」と「選手が綺麗に整理せんとんして帰った後のロッカールーム」の写真がソーシャルメディアで注目を集めている。
日本人が、なぜこのような行動をするのか「日本人の精神性」について説明します。
日本代表のロッカー清掃、世界で反響続く
伊紙「礼儀の教示」ザック氏「唯一無二の存在」
ワールドカップ(W杯)決勝トーナメント1回戦のベルギーとの試合後に日本代表のロッカールームがきれいに清掃された様子がネット上で拡散され、世界的な話題となっているが、イタリアの地元紙もこの様子を取り上げた。
ガゼッタ・デロ・スポルトは「KOの日本、ロッカールームを綺麗にして去る。礼儀の教示」と見出しをつけて報じた。同紙は「普通これだけショッキングな敗北を喫すれば、ベンチは壊され、ボトルは床に散乱しているようなもの。しかし彼らは全くヒステリーを起こすことなく去った」と驚きをもって報じた。
元日本代表監督のザッケローニ氏の手記も「なぜ日本が唯一無二の存在なのか」というタイトルで掲載され、日本の国民性や礼節について触れた。
「W杯での日本を見届けた後に、私の脳裏に浮かんだ最初の言葉は“誇り”だ。私はこの選手たちを指導したことに大きな誇りを抱いているのだ。彼らとはつまり、ロシアで戦った選手たちのこと。少しばかりの選手たちを除き、そのほとんどが私が指導した選手たちだった。なぜ彼らを誇りに思うのか。それは彼らが掛け替えのない存在であること。また、敗退という結果に終わったベルギー戦後のロッカールームの写真が出回っているが、あれこそが私の誇りをよく表しているのだ。多くの人が驚いているというコメントを読んだが、日本代表がどういう国民性なのかを知っている人なら驚きに値しないことだ」とロッカールームの話題に反応。
続けて「私は驚いていないし、むしろ彼らが掃除をせずに帰ったならば大いに驚いたことだろう。試合後、日本代表のロッカールームでは何が起こるかを教えよう。最初に入ってきた選手は着ていた服をたたみ、床に並べるのだ。つまりゲームシャツ、パンツ、ソックス、そしてアンダーシャツの四つ。続く選手も同じようにする。それはつまり、用具係に対して最大の敬意が払われているということなのだ」と自身が監督を務めていた当時のエピソードを明かした。
他にも代表戦士たちがW杯の壮行イベントに出席したときのこと。数百人のサポーターが待つ会場から数メートル離れただけの控室で、選手たちは着替えテーブルに時計や財布、ネックレスなどを置いて一斉に出たという。選手たちが鍵がかかっていない状態を気にしなかったにザッケローニ氏は驚いたといい「これはマズイんじゃないかと心配したんだが、彼らはそんな心配をした様子もなかった。東洋を散々回ったけれど、こういう資質を持っているのは日本人だけだ。これは他のアジアの国と全く違うところだ」と称えた。
サポーターは、なぜゴミ拾いをするのか?
選手は、なぜロッカールームを綺麗にするのか?
日本古来の宗教「神道」には教祖がおらず、教典もない。
だが、それがいい。
「何が正しい行動か」「何をするべきか」を自分で考えなければならない。People have to think by oneself.
だからこそ、サポーターはサッカースタジアムでゴミ拾い掃除を行い、選手はロッカールームを片付けて帰る行動をする。
戒律が厳しいイスラム教圏の方のコメント:
「我々にはイスラム教があるのに、正直さという点では日本と雲泥の差だね。
我々は愚かで強欲だと世界からみなされるようになってしまったが、それは日本のようなマナーが欠けているからだ。」
つまり「我々にはイスラム教という戒律が厳しい宗教があるにもかかわらず、こういった行動ができないのはなぜだ。」と言っている。
教典があれば、それに従う。しかし、そこに書かれていないことはしないだろう。
しかし、経典がなければ、自分で何をすべきかを考えて行動しなければならない。
教祖や経典がないのに規律ある行動が取れるのは、実は「教祖や経典がないから」だ。
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(以下の4行は私の考えのメモ。掲載はしないので安心を。)
イスラム教、ハンムラビ法典は、戒律が厳しくないと管理できない人たちだからこそ「厳しく」する必要があった。
独裁国家は、言うことを聞かない人民を管理するには「独裁的」にするしかなかった。だからこそ、現在の独裁国家は昔から独裁国家だった。つまり、民主化しよう独裁政権を打倒して新しい政権に代わっても、その政権が独裁政権になってしまい、独裁国家に戻らざるを得ない。(例:アラブの春の各国、ロシア、中国など)
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日本には、海、川、山、木、石、土地など全てのものに神が宿る「八百万の神」を信仰する自然崇拝の宗教。
→道端にゴミを捨てない。
『スターウォーズ』のジェダイマスター・ヨーダの言葉:
「理力(フォース)こそがすべてを繋ぐエネルギーであり、岩にも木にも、そしてあなたと私の間にも、そこにも、そしてあそこにもあるのだ。」
英語圏の人たちが、「他者に対して、他のモノに対してリスペクトがある」と語るのは、日本人が全てにモノに神が宿るという考えを持っているから、配慮をしてゴミも捨てない。
日本人は「周囲の目」「他人の目」を気にしすぎると言われることもある。
他の国や地域の人たちとは決定的に異なる点だ。
日本人は、いつどこにいても「神様・仏様・ご先祖様に見られている」という考えを持っている。
昔から、普段から正しいこと・良い行いをする時に「(たとえ人間が誰も見ていなくても)お天道様が見てくれている」という考えがある。
日本における太陽神は、日本の最高神である天照大御神。
日本では、人が亡くなった後、「(亡くなった方の魂が)あなたのそばにいて見守ってくれているよ」という表現をする。
『スターウォーズ』エピソード6のエンディングで、ヨーダ、オビ=ワン・ケノービ、アナキン・スカイウォーカーの三人が魂としてルーク・スカイウォーカーを見守っているシーンがそれです。
テレビ東京『Youは何しに日本へ?』に出演したアメリカ人女性:
「大好きなおばあちゃんが亡くなって悲しいけれど、常に私のそばにいてくれる」
「おばあちゃんは 常に私の近くで見守ってくれているんだと。」
「なんとなく 死んだおばあちゃんが自分の隣にいる気がしたんです。」
アメリカで友人たちに、おばあちゃんのことを話すと気持ち悪がられた。死後のゴーストは怖い存在。
「日本では死後も魂が近くにいる」という考えがあることを知り来日。
御師が説明する日本の死後の世界観に涙を流す。
「日本には、そこにも、あそこにも、あらゆる場所に神様がいる。亡くなった方の魂は、常に自分のそばにいてくれて、自分を守ってくれている」という話を聞いて涙を流す。
「常に見られている」ため、悪い行動はできない。正しい行動をする動機付けになっている。
「一生修行です」- 人生を通して修行する
日本人は「道」を重んじる。茶道、花道、書道、武道、剣道、柔道、合気道、弓道、武士道。空手道・相撲道。
礼に始まり礼に終わる。正座して精神統一、道場には神棚があり神聖な場所であるため一礼して入る。単なるスポーツではなく精神修養も伴う。そして神社の神道。〇〇教ではなく神の道。
「道」というのは人生を通して長い時間をかけていくプロセスであり生き方。
武道でも書道でも、十級から始まって一級に進み、次に初段になり難易度が高い五段六段と進んでいく。年を取っても人生を通してその道を歩んでいく。
・徳川家康の「人の一生は重き荷を負うて遠き道を行くがごとし。」
・「一生修行です」はよく聞く言葉。人生をどう生きるかが大切。
テレビ東京『Youは何しに日本へ?』でドイツ人女性が、「ドイツでは高齢者は家や施設でのんびり老後を過ごしているが、日本人は高齢者になっても生き生きと働いている。」ことを大学の研究論文として書き上げるために働く高齢者に取材をして写真撮影をしていた。
<運動系>
武道、剣道、柔道、合気道、弓道、武士道、空手道、相撲道
<文化系>
茶道、花道、書道
<宗教>
神道(〇〇教ではなく、神の道)神職は日本人の精神性を作る役割を担っている。
*「〇〇道」の共通した特徴
・礼に始まり礼に終わる。
・道場に神棚があり、神聖な場所に一礼。(サッカー選手、野球選手が競技場に一礼するのは日本人だけ)
・正座、黙想して精神統一。単なるスポーツではなく精神修養も伴う。
・作法が細かく決まっている。
・武道でも書道でも、十級から始まり一級に進み、初段になり難易度が高い五段六段と進んでいく。歳を取っても人生を通して道を歩んでいく。(弓道に取り組む外国人が増えているのはこの精神性に惹かれたため)
「道」とは外形や形式を敢えて固定することにより、内側の心を整えることに目的を持つ。花道・茶道・柔道・剣道、様々に道がある。若いうちは強さや外的な美しさを競う。しかし次第に真の目的は内を整えることにあり、所作や勝負はあくまで手段。規律や手順を固めることで内々にうごめく心を静かに整えることに本質があると解ってくる。
「道」というのは人生を通して長い時間をかけて進むプロセスであり生き方。
日本的な考えであり、日本人の精神性を作っている日本特有の伝統文化。
このため、武道でも書道でも、「十級から一級へと進級していき、初段になった後は二段三段と段が増えていき、一生修行する道」を進む。
*「道」は外国には無い考え方。
【外国】
目的は「勝つ」こと。勝つためには、手段や過程は選ばない。
自己啓発本の目的は「金持ち」になること。
目的を達成したら、ゲームから上がり(終わり)。
【日本】
勝つことは重要だが、「手段」「過程」を重視する。
自己啓発本の目的は「人としての成長」。
「死ぬまで一生修行」(おそらく、外国にこの言葉はない)
十級から始まり一級に進み、初段になり難易度が高い五段六段と進んでいく。歳を取っても人生を通して「道」を歩んでいく。
人の名前に「道」が付くのは日本人だけの特徴ではないか。(道真、道彦、俊道など)
どれだけ「道」という生き方を大切にしているかの現れ。
テレビ東京『世界!日本行きたい人応援団』で紹介された剣道をするポーランド高校生兄弟。
娘(妹):
「剣道をしている姿だけではなく、剣士の生き方や考え方もかっこよくて・・・」
母:
「二人は剣道を始めてから人としても精神的にもすごく成長しました。」
「人に対しての思いやりや尊敬を持つ心。」
「ただのスポーツでは得られないものを剣道を黨して学んできたと思います。」
*パリオリンピック(2024年)の柔道で、フランス人選手が金メダルを取ったものの物議を醸した柔道。
コメント欄に書かれた日本人の言葉を紹介:
「外国人がしているのはJUDOであって、柔道ではない」
「卑怯な方法を取ってでも勝とうとするのは柔道ではない。」
「柔道家ではない」
「日本はJUDOから脱退し、剣道のように日本国内で『道』に精進するべき」
日本人は折り紙が得意だ。
折り鶴など、紙を丁寧に、急がずきちんと折っていき完成させる。
外国で折り紙を教えても、先を急いで折り目がバラバラになってしまい、綺麗な完成形にならないことが多いと聞く。
完成形に至るまでの全てのプロセスを大切にしている。
一方の外国、特にアメリカでは、「外国は、結果が全て」「結果とは成功のこと」「成功とは金持ちになること」で、勝負事は、勝たなければ意味がない。敗者はLoserと言うが、単に負けた人という意味合いをはるかに超えた侮辱する言葉。映画やテレビでよく出てくる言葉だが、日本人には理解し難い感覚。
1990年代に人気だった落合信彦さんは、「負けたけどよくやったと言うのは日本だけの精神性だ。アメリカにはそんな言葉はない。敗者は惨め以外の何者でもない。勝たなければ意味がない。結果が全てだ!勝て!」という言葉が印象的だった。
アントニオ猪木の「道」は日本だからこそ盛り上がった。
外国であればこんな話に歓声は上がらない。
結婚式のスピーチで
「人生はマラソンです」などと話すのは日本だけではないか。
外国でこんな話をするのを聞いたことがない。
なぜ日本人は、「死ぬまで一生を通じて修行をする道」の生き方が好きなのか?
「人生死ぬまで修行です」という言葉をよく聞くが、日本だけの特徴。
人生の長い時間を修行できるのは「真面目さ」 「辛抱強さ」 「地道な行動」等の性格も影響しているのではないか。
日本人が持つ精神性
「もっと上手に」
「もっと便利に」
日本人が、改善や商品開発が得意なのは、「一生続く修行」の精神性。
(文章書きかけ)